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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)5848号 判決 1969年8月05日

原告 債務者株式会社日東観光代位権者 窪倉明

被告 松原敏英

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者双方の申立および事実上の主張は、すべて別紙要約書記載のとおりである。

二、証拠関係<省略>

理由

一、原告の日東観光に対する債権

(一)  売買代金返還債権

請求の原因(一)、(二)記載の事実は、証人黒沢芳雄の証言および原告本人尋問の結果ならびに同尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一ないし第三号証により認めることができる。右認定を動かすに足りる証拠はない。

右の事実によれば、原告は日東観光に対し、請求の原因(一)記載の売買契約の解除により売買代金の一部金一、四七〇、〇〇〇円と同(二)記載の代金減額請求により山林の不足分一〇七坪の売買代金四八一、五〇〇円の合計金一、九五一、五〇〇円の売買代金返還請求権を取得したものと認められる。

(二)  貸金債権

成立に争いない甲第四ないし第七号証(預り証)にはそれぞれ請求の原因(三)記載の日、同記載の金員を須摩が預つた旨の記載がある。しかし、甲第五号証を除いては預け主の記載がないのみならず、原告本人尋問の結果によると、右各預り証は、原告、原告の友人および原告が代表取締役をしている株式会社明光製作所の従業員ら一〇数名が利殖のため数回にわたり右預り証記載の金員合計金三、八七〇、〇〇〇円を須摩に貸し付けたときにそれぞれ作成されたものであつて、原告が須摩と右従業員らとの間の貸借を仲介した関係から甲第五号証の預け主を窪倉名義にしたにすぎなく、貸主は原告、原告の友人および従業員ら合計一〇数名であると認められる。そして、原告本人尋問の結果中には貸金三、八七〇、〇〇〇円中約金二、五〇〇、〇〇〇円は原告以外の者が貸し付けた分であり、その余が原告の貸し付けた分である旨の供述部分があるが、右供述自体によつても原告の貸し付けた金額を確定するに足りず、またその計数は確たる根拠に基づくものとは認められないから、右供述をもつて右差額が原告の貸付けた金員であるとは認めがたい。他に原告が須摩に対して貸し付けた金額を確定するに足りる証拠がないから、結局、原告が須摩に対し金員を貸し付けたことを認めることはできない。のみならず、須摩が日東観光を代理して右金員を借受ける権限を有していたと認めるに足りる証拠もない。かえつて、証人黒沢芳雄の証言によると、日東観光は須摩に対し、日東観光を代理して那須の土地を売買する権限は与えていたが、金員の貸借をなす権限を与えたことはないことが認められる。よつて、原告が日東観光に対し、原告主張の貸金債権を取得したとは認められない。

(三)  須摩の詐欺による損害賠償債権

原告は、須摩が原告から貸借名義で金三、八七〇、〇〇〇円を騙取したから、須摩の使用者である日東観光に対してこれと同額の損害賠償債権を取得したと主張するが、原告が須摩に対していついくらの金員を貸し付けたかを認めるに足りる証拠のないこと前認定のとおりであるから、右主張は結局損害の証明がないことに帰し、この点において既に失当である。

(四)  大橋志げ子の弁済

原告が、昭和四三年六月一九日、訴外大橋志げ子から原告の日東観光に対する債権の弁済として金一、一〇〇、〇〇〇円を受領したことは当事者間に争いがない。よつて、原告の日東観光に対する債権金一、九五一、五〇〇円中金一、一〇〇、〇〇〇円は消滅し、残債権は金八五一、五〇〇円となつた。

二、日東観光の須摩に対する債権

(一)  売買代金の横領による損害賠償債権

証人黒沢芳雄の証言によれば、須摩は請求の原因(一)、(二)記載の売買代金として原告から受領した合計金三、七二〇、〇〇〇円中、日東観光に対し請求の原因(二)記載の売買代金として三九三坪分金一、七六八、五〇〇円を入金しただけで、残金一、九五一、五〇〇円はいずれも受領の日である昭和四二年一二月中旬ごろまでに着服して横領したこと、須摩は後記第七項(一)記載の日東観光と被告間の売買契約に基づく代金として被告から受領した金一、八五〇、〇〇〇円を受領の日である昭和四二年九月末日ごろまでに着服して横領したことが認められる。右認定を動かすに足りる証拠はない。

右の事実によれば、日東観光は須摩に対し、昭和四二年中に合計金三、八〇一、五〇〇円の損害賠償債権を取得したことが認められる。

(二)  再売買による損害賠償債権

須摩が日東観光と被告間の土地売買契約において代金を金二、五〇〇、〇〇〇円とする再売買の予約をし、結局日東観光に同額の売買代金債務を負担させたことは後記第七項(一)で認定のとおりである。原告は、右再売買代金額が右土地の時価に比して不当に高値であるから、日東観光がその差額に相当する損害を受けたと主張するが、右土地の時価が再売買代金額に比して低廉な額であることを認めるに足りる証拠はない。原告の右主張は理由がない。

(三)  貸金の横領による損害賠償債権

原告の日東観光に対する金銭貸付けの事実の認められないこと前記一の(二)で認定したとおりである。よつて、右貸付金が日東観光の所有であることを前提とし、これを須摩が横領したことにより日東観光が同額の損害を蒙つたとする原告の主張はこの点において既に失当である。

(四)  使用者責任を負担したことによる損害賠償債権

日東観光が原告に対し、使用者責任としての損害賠償債務を負担したと認められないこと前記一の(三)において認定したとおりである、よつて、日東観光が右債務を負担したことを前提とし、日東観光が須摩に対して損害賠償債権を取得したとする原告の主張も理由がない。

三、身元保証契約の成立

原本の存在と被告の署名および押印部分につき成立に争いがなく、その余の部分(訴外松原とく作成部分を除く。)につき証人黒沢芳雄の証言および被告本人尋問の結果により直正に成立したと認められる甲第八号証ならびに被告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によると、被告は、昭和四一年六月一一日ごろ須摩から依頼され、須摩の故意又は過失により日東観光に損害を与えたときは身元保証人として本人と連帯して賠償の責を負う旨を記載した日東観光あての保証書(甲第八号証)の内容を了知のうえ、これに署名押印して身元保証を承諾し、そのころ須摩がこの保証書を日東観光に提出したことが認められる。被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

右の事実によれば、被告は昭和四一年六月一一日ごろ日東観光との間で本件身元保証契約をしたものと認められる。

四、身元保証契約の解除

成立に争いがない乙第一号証および乙第四号証の四ならびに被告本人尋問の結果によると、被告が昭和四三年一月一八日日東観光に対し、書面で、被告、日東観光間の須摩に関する身元保証契約を解除する旨の意思表示をなし、同書面が翌一九日日東観光に到達したことが認められる。しかしながら、被告主張の身元保証契約の解除は、将来に向つて契約を終了させる効力を生ずるものであつて、遡及効をもたないから、被告は解除の以前である昭和四二年中に既に発生していた前記須摩の売買代金横領に基づく損害賠償の保証責任を免かれることはできない。右抗弁は理由がない。

五、身元保証責任の限度

証人黒沢芳雄の証言によつて真正の成立を認める甲第一四号証の一、二、同証言および被告本人尋問の結果によると次の事実が認められる。

(一)  須摩は昭和四一年四月初旬新聞広告に応募して日東観光に入社したが、日東観光は須摩を採用するに際して、特別の身元調査をしなかつたこと、須摩は、当初土地売買のセールスマンとして勤務していたが、入社後三カ月足らずで係長に、さらに一カ月後に課長に、その後間もなく部長に昇給し、遅くとも被告、日東観光間の前記土地売買契約を締結した昭和四二年三月ごろには、同人限りで日東観光の会社印を押捺した同会社所定の契約書用紙を使用して土地売買契約締結の事務を処理できる地位にあつたこと、

(二)  須摩は部長在職中の昭和四二年三月ごろ、買主から預つた土地売買代金を横領する不正行為をした。そこで日東観光は同人を一時係長に格下げしたが、間もなく同人が新しく出直したいと申出たので、これを軽信し、同年五月小田原支店に課長待遇で配置換えし、同年六月には多い時で一五名、少ない時で六・七名の社員を有し、売上の最高額一カ月約三、〇〇〇、〇〇〇円を記録する同支店の支店長に昇格させ、同支店で取扱う土地売買契約締結に関する一切の権限を与えたこと、

(三)  ところが日東観光は、これらの事実を身元保証人である被告に通知していないこと、

(四)  使用者たる日東観光は、須摩にかかる重要な職責を与えたのに、それに相応する監督をすることなく、かえつて、売買物件と売買金額さえ記入すれば直ちに日東観光の契約書として使用できるように日東観光の会社印を押捺した同会社所定の契約書と領収書用紙を一括して須摩に交付し、契約締結も代金受領もほとんど須摩まかせの状態であつたため、同人の横領を容易にし、かつ日東観光が解散し、原告から申出があるまで前認定のような長期に亘つてした多額の横領の事実に気がつかなかつたこと、

(五)  他方、被告においても、須摩が北海道において営業資金を遊興費等に浪費して倒産し、夜逃げ同様の状態で上京した者であることを知つていたのであるが、同人が再三にわたり身元保証をしてくれるようにと懇願し、同人が被告の姪の内縁の夫であることから情義的に断りされず、やむなく引受けたものであること、

(六)  須摩は、昭和四三年三月七日前認定のような非行の責任を感じて、自殺をはかり、同年四月八日死亡したこと、

以上の事実が認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

以上認定の事実によれば、被告が須摩の前歴を知つていたのに身元保証をしたのは、身元保証の責任および責任限度を定めるについて、その加重の事由とはなるけれども、被告の身元保証の動機は単純な情義的なものであるから、右の事由を重大視することはできない。これに反し、日東観光が特別な身元調査をせずに須摩を採用したことは、軽卒なことであり、しかも須摩が不正行為をし、被用者としての不適格性を暴露したのにもかかわらず、一時格下げしただけで、僅か三カ月後には小田原支店長という責任ある地位に重用し、須摩が長期間数々の不正行為をしたことを知らなかつたことは、須摩に対する監督およびその職務の変動について重大な過失があるものといわなければならない。以上のことと須摩が死をもつて罪を詫びていること、日東観光の須摩に対する損害賠償債権三、八〇一、五〇〇円のうち金一、八五〇、〇〇〇円は、被告が日東観光から買受けた土地の代金を須摩が横領したものであることなどの一切の事情を斟酌して、被告が本件身元保証契約に基づき日東観光に賠償すべき額は金五〇〇、〇〇〇円が相当であると認める。

六、代位権の行使

日東観光が昭和四三年二月五日解散したことは当事者間に争いがなく、証人黒沢芳雄、同大橋志げ子の各証言によれば、日東観光は無資力であることが認められる。そして日東観光が被告に対し身元保証債務の履行を請求したことについては主張、立証がないから、原告は、日東観光に代位して被告に対し、右身元保証債務金五〇〇、〇〇〇円の履行を求めることができる。

七、相殺の抗弁

(一)  成立に争いない乙第二号証、第四号証の一ないし四ならびに被告本人尋問の結果および同尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第三号証、乙第五ないし第八号証によると、被告は、昭和四二年三月一六日、日東観光の代理人である須摩との間で、被告が日東観光から栃本県那須郡黒磯町大字高林字下柏林山林および原野五〇〇坪(一六五〇平方メートル)を代金一、八五〇、〇〇〇円で買うことを約し、あわせて、日東観光が同年九月三〇日までに右土地を被告に引渡さないときは代金二、五〇〇、〇〇〇円で日東観光が被告から右土地を買い戻す旨の再売買の予約をしたこと、被告は右売買代金を昭和四二年九月三〇日までに須摩に支払つたこと、ところが日東観光が期限までに土地を被告に引渡さなかつたので、被告は昭和四三年三月九日日東観光に対し、書面により再売買の予約を完結する旨の意思表示をし、その書面は同月一三日日東観光に到達したことが認められる。右認定を動かすに足りる証拠はない。

右の事実によれば、被告と日東観光との間に同日前記土地を目的として売買契約が成立し、被告は日東観光に対し、金二、五〇〇、〇〇〇円の売買代金債権を取得したことが認められる。

(二)  被告が、昭和四三年一〇月一一日の本件準備手続期日において原告に対し、右売買代金債権を自働債権とし、原告主張の日東観光の被告に対する債権を受働債権とし対当額で相殺する旨意思表示をしたことは記録により明らかである。身元保証人が使用者に対して負担する債務は、不法行為により生じた損害賠償債務それ自体ではなく、この保証債務であるから、身元保証人が使用者に対して有する債権を自働債権として、使用者の身元保証人に対する身元保証により生じた債権を受働債権として相殺することは、民法第五〇九条の相殺禁止の規定に違反せず、有効である。

よつて、右相殺により日東観光の被告に対する債権全額金五〇〇、〇〇〇円と被告の日東観光に対する売買代金債権金二、五〇〇、〇〇〇円のうち五〇〇、〇〇〇円は両債権が相殺適状にあつた昭和四三年三月一三日に遡つて消滅した。

八、結論

よつて、原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩村弘雄 堀口武彦 小林亘)

別紙 要約書<省略>

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